ハヌマーンの薬

  • 2018.02.26 Monday
  • 18:28

 

コナーラクっていう町で風邪をひいていた。

 

ノートには読めない走り書きで、「せぼねがつめたい」ってメモしてある。

それから、「ダニーさんにTULSI、ハヌマーン万病のくすり」って。

 

5月だったけど暑い暑いコナーラクの町、スーリヤ寺院に行くつもりだった。

体調を崩し、暑さと寒気でまいってたんだろう。

 

ゲストハウスで知り合った親切なダニーさんが「TULSI(トゥルシ)」って薬草のハーブティーを、「ハヌマーンの万病の薬だから」といって、飲ませてくれた。

 

その時、それ以外の薬は飲んだ記憶もないから、よく効いたんだろう。

 

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尾張国中島郡

  • 2018.02.16 Friday
  • 19:09

 

父親は尾張国中島郡で生まれた、今の愛知県一宮市。

 

父親が若かったころのことを、僕はまったく知らない。

とても残念だけど、聞いても話さなかったかもしれない。

 

でも、父親が若いころ撮った写真を見てると、何んとなく分かる。

どんな青年だったか。

 

昭和10年ころ。

カメラの傾きとハンパなフレームからして、楽しくはしゃいでたんだろう。

 

写真の子が元気なら、今、88歳くらいだろう。

おだやかな日、家の近所の野っ原、若かった父親の声が聞こえてくる。

 

 

いつの時代の子供も同じ、レンズをのぞき込んでくる。

写真館から仕上がった写真を見て、目を細めた家族がいたんだろう。

 

 

バックパッカー川柳 0044

  • 2018.02.12 Monday
  • 13:25

 

雲暗く落ちる雨粒 背中丸めた 足元の泥 

 

Old Back Packer

  • 2018.02.12 Monday
  • 13:13

 

食事してたり、信号待ちしてるとき、ふいに昔見た景色が頭に浮かぶことがある。

何の脈略もなく突然なんだけど、鮮明にハッキリと頭に浮かぶ。

 

思い出すんじゃなくて、パッとモニターが切り替わるみたいに映像が浮かぶ。

 

次にどんな景色が浮かぶか、いつも楽しみにしてる、昔のバックパッカー。

 

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にせもの

  • 2018.02.07 Wednesday
  • 19:21

 

タブラ教室の帰り、いつもガンジス川のほとりでブラブラしてた。

ハタチそこそこのバックパッカーは、聖なる川も何も語らない。

 

語るといえば聖地にいても旨いカレーが食いたいとか、

カワイイ女の子のバックパッカーはいないかとか、

川でイルカがジャンプしないか、とか、そんな程度だった。

ただ、神社の縁日が毎日毎日つづいてるみたいで楽しかった。

 

「小さなサドゥーは山にいて、大きなサドゥーは町にいる」なんて誰かに聞いたのも、

ガンジス川のチャイハネだった。

町にいるサドゥーもいろいろだからね、ってのがオチだったけど。

 

「He is imitation sadhu,be careful」と、親切なインド人が教えてくれた。

彼とは、旅行者に金品をタカって暮らしてるという、評判の悪いサドゥーのことだった。

 

ある時、川辺でチャイを飲んでると、件のサドゥーが来て僕の隣に座った。

何も話さず、しばらくの時間が過ぎる、ガンジス川のほとり。

てっきり、いつもカメラを持ち歩いてる僕に、何かをタカリに来たと思い込み身構えていた。

 

彼は、ふいに何かを取り出すと、黙ったまま僕の手に渡してくれた。

不思議な模様が入った、一粒の菩提樹の実だった。

 

何も言わず、僕の目を見ている。

僕が「May I take your picture」と聞くと、小さくうなずいた。

最後まで、彼は何も話さなかった。

 

「Thank you」と言って別れた後、彼には会っていない。

今でも時々思い出して、手のひらで転がしてみる、

「にせもの」と呼ばれてたサドゥーがくれた、菩提樹の実。

 

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バラナシのタブラ教室

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 19:05

 

ガンジス川の近く、バラナシの路地裏で「Tabla School」と書かれた小さな看板を見つけた。

入り組んだ細い路地、その看板以外は目立つところのない普通の民家だった。

 

インドの町を歩いていると、いつも何処からともなく音楽が聞こえてきた。

祭囃子のようでもあり、部屋の窓からもれるレコードの音のようにも聞こえた。

ふいに香るパフュームみたいに心地よく、よく足を止めて聞き入ったりしてた。

 

バンスリ(笛)やタブラ(太鼓)を持って、旅してるバックパッカーにもよく会った、

なかにはシタールのような大きな楽器を、苦労して持ち歩いてる人もいた。

 

「Tabla school」行き当たりばったりだったが、ついノックしてしまった。

スラックスに真っ白いカッター、紳士的で優しい初老の先生だった。

 

ティキティキ ダーダー ティキリキダー ティキリキトントン・・・・・・

 

先生は僕のノートに丁寧にリズムを書いて教えてくれた、

譜面や楽譜などなく、口頭だけで伝承されてきた打楽器「タブラ」。

 

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バックパッカー川柳 0043

  • 2018.02.02 Friday
  • 11:55

 

 

片道切符か拳銃か 占う血の池 空の水色

 

 

記念写真

  • 2018.01.31 Wednesday
  • 19:26

 

「シャッター押してもらって、いいですか?」

 

イベント会場や披露宴会場にカメラマンとしていれば、必ず頼まれる。

自分のカメラは後まわしにしても、もちろん快くお引き受けする。

 

カメラマンを始めたころ、まだまだフィルムカメラが主流だった、写ルンですとか。

グループの誰かのカメラで、多くても2台か3台。

 

最近ではスマホ、タブレット。新郎新婦を囲む友人グループほぼ全員が、

「私のも、私のも、私のもシャッター押してもらっていいですか?」ってなってる。

もちろん快くお引き受けする、自分のカメラは後回しにしても。

 

昭和12年、3月のはじめころ。

 

友人たちと笑う、若い父親の面影があった。

だれがシャッターを押したんだろう?楽しげな春の一日。

ネガの並びからして、開園間もない東山動植物園だろう。

 

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東山動植物園

  • 2018.01.30 Tuesday
  • 20:01

 

名古屋駅が開業した昭和12年、千種区東山に植物園ができた。

少し遅れて動物園も開園し現在の「東山動植物園」がオープンする。

 

なかでも植物園の大温室は「東洋一の水晶宮」と呼ばれるほど、

当時の人々の耳目を集めたらしい。現存する日本最古の温室。

 

父親もカメラを持って訪れたようだ。

コートを着ている人の姿もあり、3月のはじめ、開園間もないころだったんだろう。

 

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僕も子供の頃から、なんども遊びに行った思い出の「東山動植物園」。

ふいに、父親と同じアングルで撮影してみたくなり、何年ぶりに行ってみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・改装工事中だった 笑

 

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もちろん当時の外観のまま、平成33年(元号変わります)オープン予定とか。

 

父親がいたら、なんて言うだろう。

 

しょっぱい思いのまま帰るのも侘びしいので、しばらく冬のキリンをながめてた。

 

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名護屋駅

  • 2018.01.28 Sunday
  • 21:31

 

名古屋駅、はじめは 名 護 屋 駅だった。

場所も今より700mほど南、笹島にあり「笹島ステンション」って呼ばれてたらしい。

そのころは中央駅でも何でもなくて、岐阜と知多半島を結ぶ貨物路線の途中駅だった。

 

現在の場所に移設され、本格的な旅客ターミナル駅としてスタートするのは、

開業から50年も過ぎた、昭和12年。

 

名古屋の人口が100万人を超え、都市として急速に発展し始めたそのころ、

父親もカメラを持ってブラつくのが楽しかったんだろう。

 

名古屋中央、までは読めるが・・

おそらくこのビルで働いていた、先輩か年上の親戚だろう。

 

天気のいいおだやかな正午あたり、

スリッパなんで仕事中に無理を言って撮ったのかもしれない。

 

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